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2015年8月23日 (日)

我孫子にて

我孫子は来てみるとウチから近いのに今日が初訪問。
(あ、むかしむかし会社の飲み会があった帰りに常磐線で寝過ごして隣の席のオジさまに起こされて慌てて降りたのが我孫子駅だったということはあるが…)
駅を出たところにはこんな案内看板があったりしますが、私は我孫子の地理がトンとわかりません。
駅前に「アビシルベ」という案内所があったのでそこで地図を頂いて歩き出しました。
Abiko01
駅前の停車堂碑
「アビシルベ」でいただいたコースガイドによれば、
明治35(1906)年頃建立。
第8代町長に就任した飯泉喜雄が駅前の整備に尽力し、停車場道を造成して道路の両面に桜苗木を植えた。
緑・香取神社境内に桜樹植付金記念碑がある。

…とあります。
駅前のバス停横には、蒸気機関車を模した飯泉喜雄顕彰碑もありました。
Abiko02小綬鶏までの道は分かりにくいのですが、所々に武者小路実篤邸跡への案内板があるのを頼りに歩いていきます。
案内図に書かれていたこのリュウゼツランのところで左折。
(写真では分かりにくいが巨大な植物で地図に目印とされているのが納得)
Abiko03この辺りは静かな住宅街が続きます。
住宅街の突き当たりの森は根戸船戸緑地。
その森の入り口に「小綬鶏」があり、隣接して旧武者小路実篤邸となります。
ひっそりと静まり返った森の奥に佇んでいます。
現在は門が閉じられ、なかを窺うよしもありません。
Abiko05 門前の記念碑。
Abiko06記念碑のそばには案内パネルがあり、写真にはそうそうたる面々が並んでいます。
武者小路実篤(大正5年~7年住) 
小説家・劇作家・詩人。
明治43(1910)年文芸雑誌『白樺』刊行。
主な作品に『ある青年の夢』『日本武尊』『不幸な男』『新しき家』他。
昭和26(1951)年文化勲章受章。
敷地南側の道を「ハケの道」といい、昭和の半ばまでは手賀沼畔であり、農道程度で、志賀直哉邸跡の前を通り高野山
こうのやままで続いていた。
志賀と武者小路等は沼上を小舟で行き来したという。

Abiko07 表札の字は「我孫子山荘」。
現在は三共フロンティアという会社が所有しており、予約すれば内部見学もできるらしい。Abiko08 塀越しに広い庭を覗き見る。
当時の家はもう残っていないそうですが、茶室などが復元されているとのことです。
Abiko09根戸船戸ねどふなと緑地の案内板。
常緑樹・落葉樹間を散策できる、市民憩いの場。
野鳥観察も楽しめる。
崖下に湧き水あり。

Abiko10
船戸の森の坂道。
Abiko11森の下にひっそりと湧水がありました。
Abiko12屋根囲いが作られたなかに、こんこんと水が湧き出しています。
Abiko14水神宮
鳥居の向こうは、農地を挟んで遠く手賀沼が微かに望めます。
Abiko15船戸の森の入り口に咲いていた赤い花。
Abiko16森のなかの東屋
白山古墳公園にも足を伸ばしてみたかったけど暑いし、そろそろ12時になるので、予約した小綬鶏さんへ戻ります。
Abiko17我孫子を歩いてみて気がついたのは、駅から少し離れると大きくて立派な家が多いこと。
私、我孫子がこんな高級住宅地だなんて知りませんでしたよ。
我孫子に住みたい!

我孫子はまた、亡くなった父が一時務めていた会社があったところです。
もしかしたら父がこのへんをクルマで通ったかもしれないと思いながら歩きました。

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