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2010年11月17日 (水)

深大寺の紅葉

この夏の猛暑の影響で、今年は全国的に紅葉が遅れていると聞いています。
今日の深大寺でも、紅葉はまだ早いかなと思っていました。
それでも本堂脇などでは赤や黄に色づいた木々が見られました。
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遊水池近くの深沙の杜。
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ほんとうはもっときれいなもみじ葉だったのですが…ワタシのデジカメのカラー調整が下手なばかりに冴えない色あいなのが悔しい。
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元三大師堂から境内を見おろす。
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元三大師堂に至る石段を彩る、色とりどりのもみじ。
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時雨空ということもあって、落ち葉ちり敷く境内はいかにも武蔵野らしい鄙びた風情に溢れていました。

浮岳山昌楽院 深大寺 天台宗別格本山

深大寺の由来~縁結びの寺
深大寺という名は、水神の深沙大王に由来しており、奈良時代、天平5年(733)に満功上人が開山したといわれている。満功上人の父は福満という渡来人で、この池の豪族右近長者の美しい娘と恋に落ちたが、娘の両親の反対にあい二人の仲はさかれ、娘は湖の小島に隔離されてしまった。そこで、福満はあの三蔵法師がインドに赴いた時、流沙河で救われたという故事を思い起こし、深沙大王に祈願したところ大きな霊亀が現れ、彼を娘がかくまわれている島へ連れて行ってくれた。この事を知って娘の両親も二人の仲を許し、そして産まれたのが満功上人である。上人は父福満の深沙大王を祀って欲しいという願いを承知して出家し、唐へわたって法相宗を学んで帰国し、故郷である武蔵野へ帰ってきて深大寺を建立した。時に天平5年(733)聖武天皇の御代である。ついで、父の誓いを果たすべく湖の辺りに深沙大王を祀ったという。これが『深大寺縁起』の伝えるところである。この恋物語により、深大寺は縁結びの寺としても有名である。
参考『深大寺物語』

その後 天台宗に改められた
深大寺が開かれ100年以上の後、清和天皇の御代、武蔵国の国司蔵宗の乱が起こった。この乱を鎮めるため、朝廷から天台宗の高僧恵亮和尚が派遣された。和尚はこの深大寺を道場とし、修法を行い、その降伏祈願により乱は治まった。その功により近隣七ヶ村を寺領として、深大寺に賜り天台宗に改められた。江戸時代家康から50石を寄進され、幕末まで継承された。現在は、別格本山として多くの末寺を擁している。
(以上二話 深大寺門前の観光案内所で配布している『深大寺散策マップ』より)

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