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石神井公園の秋景色

東京都立石神井公園は、西武新宿線石神井公園駅から徒歩7分。
東西に長い園内には、石神井池、三宝寺池と二つの池があります。
人工的に造られた石神井池にはボート乗り場があり、池を見晴らす場所には『孤独のグルメ』に描かれたような豪邸が建っています。
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こちらは石神井池、中ノ島のあたり。
折しも園内では紅葉が見頃です。
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こちらは古い歴史を伝え、国指定天然記念物・三宝寺池沼沢植物群落のある三宝寺池、木道のそばの紅葉。
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ワタシが石神井公園で一番見たかったのはこちら。
落城した豊島氏の悲話に基づく姫塚です。
三宝寺池の北側の高台、さくら広場の一角にある小墳丘です。
シラカシの古木の根元に小祠が建てられ、今なお仏花が供えられています。
いずれ小古墳だったところに伝説が作られたのでしょうか。

姫塚の由来
文明9年(1477)に石神井城が落城したとき、城主豊島太郎泰経の後を追い、二女の照姫も三宝寺池に入水したという伝説があります。
この塚は、縁者が姫の供養のために築いたといわれています。


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地図によれば姫塚の近くに殿塚とやらがあるはず…と何度も行きつ戻りつして探した結果、さくら広場の端っこのうす暗い小道に沿ったところにやっとそれを見つけました。
こちらはまだ(姫塚に比べれば)ひょろっと若い木の周囲が柵で囲われ、その根元に一基の石柱と、やはり手向けの花が供えられています。

殿塚の由来
文明九年(1477)に石神井城が上杉氏の軍将太田道灌との戦いに敗れて落城したときに、城主豊島太郎泰経は黄金の鞍をつけた愛馬に乗り三宝寺池に沈んだという伝説があります。この塚は縁者が徳をしのんで築いたといわれています。
また、これより西方30メートルのところに、落城のとき同じく三宝寺池に身を投げた城主泰経の二女照姫供養の姫塚があります。


この姫塚・殿塚の物語は史実ではないようですが、この地をかって支配した豊島氏という豪族の面影を今に伝える、奥ゆかしい伝説だと思います。

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さくら広場の紅葉。
殿塚を探しながら撮りました。
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三宝寺池、厳島神社脇の浮御堂より。
満々と水を湛えるこの光景は見ていて心が洗われますが、現在では年々の水量減少が原因で、この池の水も景観維持のため人工的に地下水から揚水しているそうです。
そう聞くと何かちょっとガッカリね。
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浮御堂より、額縁のような紅葉の眺めです。
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水神社の木の実。
落葉の季節は、もうすぐそこに迫っています。
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当地付近は、もともと武蔵野を支配していた豊島氏の居城・石神井城があったところで、同氏が室町時代に滅ぶまで存在していたそうです。
石神井公園の南側には石神井城址の碑が建ち、そこから少し段々を登ったところに城址の一部が木立に埋もれて残っています。
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石神井城址(土塁・空濠)
鬱蒼とした森の中にあります。
ここら辺りは特に保存状態が良いところだそうで、一帯はフェンスで囲まれて立入禁止となっていました。
現状から往時の城(といっても舘のようなものだろうけど)の佇まいを想像するのは素人のワタシにはかなり難しいけれど、このような歴史的史跡が大切に保護されているのは貴重なことです。
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